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四万十市の卓球大会に参加しました

2015/12/21(月)

皆さん今晩わ。久方ぶりです。
最近、特に今年は、立憲主義の否定、憲法無視、戦争と金持ちと、オカルト宗教が大好き…という、アベ内閣の大暴走によって、多大な国民が、この国の将来を危ぶむ事態となって、いや~な毎日を送っています。

私もねえ、色々と街頭で叫ぶ機会も多くて、とてもブログを更新している状況にはありませんでした。
まあ、つまらない私のブログにも、中には期待して見てくれる人もいらっしゃるようで、『どうしてる?元気ですか?』…と、あまり長期にブログを休んでいると、心配の声もかかってきます。(笑)

まあ、そんな非現実的な歴史のはざまの中でも、季節は確実に移ろっていきます。
今年はもう、冬は来ないのかなあ?と思っていたら、突然の冬の嵐がやってきて、寒風に震えました。

そんな中、私も毎週1回、卓球教室に通って2年目になりましたが、昨日の日曜日、四万十市の卓球大会に初めて参加しました。夏にも幡多地方の卓球大会がありましたが、私は、無類の汗かき…夏の大会参加など、絶対に無理…と参加辞退。

まあ、今回は寒波襲来の中とあって、これはチャンス…と初めて参加することにしました。
しかし、3日ほど前から、強烈な歯痛に襲われて、気分はブルー。ご飯もまともに食べられない状況で、どうしょうか?と悩みましたが、もう参加申し込みしていたし、なんとかなるだろうと、60歳以上の部で、まずは腕試し…です。参加することにしました。
参加チームは8チーム。2つのブロックに分かれ、総当たり戦で、1位と2位が決勝戦に参加できます。試合は個人戦2回、ダブルス1回の戦績で、勝敗を決めます。

私も教室の仲間と2人でチームを組んで参加しました。私たちのブロックでは1チームが棄権して、3チームで争い、2チームに勝って、いざ決勝リーグへ。

ところが12時から休憩が入り、個人戦が延々と続きます。
団体戦は3時半になっても始まらず、本部に催促。やっと団体戦が再開されましたが、皆さんお年寄りですから、待ちくたびれてしまい、戦闘意欲は萎えるばかり。私たちもとにかく準決勝戦には出場して、ここでも勝ちましたが、もうここが限界…『もうこれでいい、もう帰ろうよ』と相棒もいい出し、決勝戦は辞退して帰ってきました。

いやもう、待たされたことと、初めての公式戦の試合で疲れ切ってしまいました。
しかし、まあ、そんな絶不調の中で、この成績…まあまあだねと、痛いほっぺを抑えながら、満足感に浸っています。よし、次回は優勝だ。


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前号でお約束した、豚肉の燻製です
1切れは味見を兼ねて、ビールと一緒に食べてしまいました。
おいしかった~!


お気楽なことを言っていますが、69年前の今日は、ここ四万十市が南海大地震によって、大被害を受けた日です。
ウィキによると
・・・1946年の昭和南海地震では、地震発生直後に津波が発生し、主に紀伊半島・四国・九州の太平洋側などに襲来した。地震や津波被害が激しかった地域は、高知県中村市(現四万十市南部)、須崎市、高知市のほか、和歌山県串本町、海南市などであった。四万十市では、市街地の8割以上が地震動で生じた火災等により壊滅したほか、串本町や海南市は津波による壊滅的な被害を受けた。死者は、行方不明者を含めて1,443名(高知県679名、和歌山県269名、徳島県211名)、家屋全壊11,591戸、半壊23,487戸、流失1,451戸、焼失2,598戸に及んだ。

・・・と当時の状況を簡潔に述べていますが、ここ四万十市のシンボルでもある、市民になじみの深い、通称『赤鉄橋』と呼ばれている四万十川橋も地震で、ほとんどが崩落して川に落ちてしまいました。
あれから、まだ69年です。しかし、人々の記憶もずいぶんと薄れてしまったのでしょう。今から70年前の『太平洋戦争』の記憶と同じく。。。



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[ 2015/12/21 22:08 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

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