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日米開戦から73年

2014/12/08(月)

択捉(えとろふ)島の単冠(ひとえかっぷ)湾に終結した日本海軍の機動部隊が
「ニイタカヤマノボレ一二〇八(ひとふたまるはち)」の攻撃電文を受けて、真珠湾の米軍を奇襲したのが1941年12月8日未明のことであった。

有名な「トラ・トラ・トラ」の打電は、「ワレ奇襲ニ成功セリ」を意味する暗号略号である。

この戦争を擁護する大馬鹿どもは、今も絶えないが、この戦争は、人道的にも政治的にも経済的にも、あらゆる意味で無謀極まりないものであり、他国に与えた被害も絶大なものであり、絶対に許してはならない非人道的な戦争であった…日本人の野蛮性、非文明性を象徴する出来事であったと私は思っている。

単に戦争の勝機一つ例にとっても、巨像とカマキリの戦いであり、日本が米国に勝てないことは、事前の調査でも明らかであったし、軍部の中からも無謀な戦争である…との指摘は、いくつも挙げられていた。

この戦争がいかに悲惨であり、軍部の幹部たちがいかに無能で非情であったか…その戦いの跡を振り返ればおのずと歴然となろう。

この戦争での、日本兵の死者だけでも、230万人…その全戦没者の60%強、140万人前後が戦闘による死亡ではなく、戦病死者だった。さらに「そのほとんどが餓死者ということになる」と結論づけた報告がある。
陸軍参謀本部、海軍軍令部をはじめとする日本軍の指導層が、兵站(へいたん)を軽視したツケを、末端の兵士たちが支払わされたといえる。

まあ、当時の戦争を始めた大馬鹿どものこきおろしは、限りなくあるが、大問題なのは、現代に生きる人たちの中にも、この大馬鹿どもを擁護し、再び、この国を『戦争のできる国』にしようと企む輩と、それに追随する馬鹿どもがたむろしている事実である。

73年目の『開戦記念日?』にあたり、私は、今こそ『反戦・平和・脱原発』の活動に余命をささげようと決意している。

誰が何と言っても、可愛い孫ちんたちを、絶対に戦場には送りたくないのである。
孫ちんたちが殺されるのも嫌だし、殺人者にもしたくない。

今日の毎日新聞の記事をリンクしておこう。

日米開戦:真珠湾「日本被害者論は誤り」 政治判断で回避できた


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庭では、寒さにも負けず、今『シャコバサボテン』の花が全開である。
この花は、我が家の花の中で、最も歴史の古い花なのです。もう30数年、花を咲かせ続けています。

世の中の人たちが、花好き、平和好きであふれる…そんな世の中になってほしいと思います。




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[ 2014/12/08 11:37 ] 政治の話 | TB(0) | CM(0)

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