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道徳の教科化

2014/10/27(月)

第1次安倍政権は教育基本法を改正し、「我が国と郷土を愛する」という「愛国心条項」を盛り込んだ。その時の教育再生会議でも、道徳の教科化を提言した。
 だが、中教審で「個人の内面にかかわる問題を扱うので検定になじまない」といった意見が相次ぎ、見送られた経緯がある。


 今、再びの道徳教科化の提言が中教審から出されてきた。何故なのか?
以下、神奈川新聞の社説を引用する。

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【社説】道徳の教科化 価値観の強制が心配だ

2014.10.27 10:30:00

 現在は正式な教科ではない小中学校の「道徳の時間」を教科に格上げし、検定教科書と評価を導入するよう、中教審が下村博文文部科学相に答申した。

 文科省は今後、指導要領を改定し、検定基準をつくる。正式教科としての授業は2018年度から始まる見通しとなった。

 愛国心などの徳目を教え、皇民化教育を担った戦前の「修身」を思い起こさざるを得ない。国が求める人間像を子どもに押し付けることにならないか。また、子どもの何をどう評価するのか。懸念が尽きない。

 第1次安倍政権は教育基本法を改正し、「我が国と郷土を愛する」という「愛国心条項」を盛り込んだ。その時の教育再生会議でも、道徳の教科化を提言した。

 だが、中教審で「個人の内面にかかわる問題を扱うので検定になじまない」といった意見が相次ぎ、見送られた経緯がある。

 再びの道徳教科化は、現安倍政権の教育再生実行会議で提言された。文科省の有識者会議は教科化して検定教科書や評価を導入するよう求める報告書をまとめ、その上で下村文科相が中教審に諮問した。前回のように中教審で覆されることがないよう、今回は既に外堀が埋められていたと言える。

 答申は言う。「特定の価値観を押し付けたり、主体性を持たず言われるままに行動するよう指導することは、目指す方向の対極にある」と。そう願いたい。だが、あえてこのように言及するのは価値観の押し付けへの懸念を多くの人が抱いていることの裏返しではないか。

 積極的平和主義を唱え、集団的自衛権の行使容認を閣議決定した安倍政権が、なぜ道徳の教科化にこれほど熱心なのか、よく考えたい。

 「愛国心」を盛り込んだ教育基本法に沿った検定で教科書が選ばれ、教師は国の顔色をうかがい、子どもは教師の顔色をうかがう。そんな息苦しい社会になりはしないか。

 国定教科書を使った戦前の修身では、低学年から教育勅語を暗唱させられ、「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」という軍国主義が植え付けられた。修身は敗戦の年になくなった。

 戦後70年を前に、教育による「洗脳」の恐ろしさをあらためて見詰め直したい。道徳の教科化が戦前の修身の再来とならぬよう、しっかりと注視しなければならない。

【神奈川新聞】
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私は、戦後の民主主義教育を一定の評価をしている。しかし、戦前の修身教育への反発もあったのだろうが、道徳教育は全く顧みられることは無かった…これは戦後教育の最大の欠陥だった…私は以前から、ずっとそう思ってきました。

『履き違えた民主主義』、『義務なし権利だけ主張する民主主義』…協調性の無さやルール無視の行動を『個性』と呼び、それを尊重する教育が、大量の『自己中』を産み出した。

『自分も大事だが、同じく他人も大事』…そうした観点を教育することは、絶対に必要であったと思うし、いかなる時代であっても、それは変わらないと思う。

ただし・・・だ。
『道徳教育』は両刃の剣であることは間違いない。
一旦間違った方向へ…いわゆる『価値観の強制』へ向けて動き出すと、これは悲惨な結果を招くことになる。

それは、戦前の教育を思い出せば十分に理解できるだろう。
ましてや、道徳心のかけらもない、常識さへ知らない、優しさのかけらもない、そんな安倍内閣が、この教育の推進に熱心である…と言うことを思えば、安倍内閣が何を狙っているかは、もう一目瞭然!

自公政権の下では、道徳の教科化は、何が何でも反対である。恐ろしすぎる。考えただけでも背筋が寒くなる。



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[ 2014/10/27 16:19 ] 政治の話 | TB(0) | CM(0)

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