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『自称・リベラル』連中の朝日攻撃

2014/09/04(木)

何だかねえ…孫ちんが大阪に帰って以来、どうにもテンションが下がりっぱなしで、ブログの更新をする気にもなれない。(笑)

まあ、そんな沈んだ状況ではあるが、なんだか近頃『ネトウヨ』どもの騒ぎがうるさい。
朝日新聞が従軍慰安婦に関する過去の自社報道を検証する記事を掲載したことで、『それ、見たことか』…とネトウヨどもが大騒ぎ…それだけなら、別にどうってことないのだが、その尻馬に乗せられた自称『リベラル』連中までが、朝日攻撃を始め、あろうことか、何をトチ狂ったのか、『従軍慰安婦の強制連行は無かった』だの、『南京大虐殺はなかった』…などと言い出した。

安倍内閣が平和憲法をないがしろにして、『戦争できる国づくり』に執念を燃やしている…その後押しを『自称・リベラル』連中が始めてしまった。

これはもうリベラルの枠からはみ出して、ネトウヨの仲間になってしまったのと同じことなのだが、『自称・リベラル』連中は、そのことに気づく様子もない。

まあねえ、言論の自由だから、そりゃあ、何を言っても自由…なんて思っているのだろうが、最低限のルールとマナー、そしてプライドは守ってほしいよなあ。

連中も色々と『なかった理由』を述べてはいるが、それは過去にも使い古された陳腐な理由ばかりである。
それでも『なかった』と主張するのなら、せめて下記に引用する南京大虐殺の赤旗記事くらい、完璧に反論してから『なかった』と主張してほしいものです。


南京大虐殺は「なかった」 百田発言は世界の非常識

世界のメディアが当時も残虐性批判

 南京大虐殺(南京事件)は、1937年12月、中国への侵略戦争の中で旧日本軍が当時の中国の首都・南京を攻略・占領し、中国軍兵士だけでなく、捕虜や一般市民を虐殺した事件です。女性の強(ごう)姦(かん)、略奪をはじめ数々の残虐行為が行われました。

 虐殺のとき、南京にいたジャーナリストは、それぞれが惨状を記事にしています。

 ニューヨーク・タイムズのF・T・ダーディン記者は「大規模な略奪、婦人への暴行、民間人の殺害、住民を自宅から放逐、捕虜の大量処刑、青年男子の強制連行などは、南京を恐怖の都市と化した」「犠牲者には老人、婦人、子供なども入っていた」「なかには、野蛮このうえないむごい傷をうけた者もいた」(37年12月17日電)、「塹壕(ざんごう)で難を逃れていた小さな集団が引きずり出され、縁で射殺されるか、刺殺された」(同年12月22日電)と報じています。

 シカゴ・デイリー・ニューズのA・T・スティール記者は「(われわれが)目撃したものは、河岸近くの城壁を背にして三〇〇人の中国人の一群を整然と処刑している光景であった。そこにはすでに膝がうずまるほど死体が積まれていた」「この門(下関門)を通ったとき、五フィート(約一・五メートル―訳者)の厚さの死体の上をやむなく車を走らせた」(37年12月15日電)、「私は、日本軍が無力な住民を殴ったり突き刺したりしているのを見た」(同年12月14日電)と報じます。

 イギリスの新聞マンチェスター・ガーディアンの中国特派員H・J・ティンパーリーは報道した内容をもとに『戦争とはなにか―中国における日本軍の暴虐』をまとめ、38年にロンドンとニューヨークで発行しています。

 事件当初から、「世界は無視をした」どころか、日本軍の残虐性を批判していました。

 米国などの南京駐在外交官も本国に事件の詳細を報告しており、それが東京裁判で南京事件を裁いた際の裏づけとされました。

 (『南京事件資料集(1)アメリカ関係資料編』青木書店)

 日本では報道統制がしかれたため、国民には事件は伝わりませんでした。しかし、一部高級官僚や軍部は南京の惨劇を知っていました。

 南京事件当時、外務省の東亜局長だった石射猪太郎は日記に「上海から来信、南京に於ける我軍の暴状を詳報し来る、掠奪(りゃくだつ)、強姦目もあてられぬ惨状とある。嗚呼(ああ)之れが皇軍か」(38年1月6日)(伊藤隆・劉傑編『石射猪太郎日記』中央公論社)と書いています。

旧陸軍将校親睦の機関誌も「詫びる」

 現場にいた日本の兵士も証言や日記を残しています。なかでも旧陸軍将校の親睦団体・偕行社(かいこうしゃ)の機関誌『偕行』に1984年4月~85年3月に掲載された「証言による『南京戦史』」は注目されます。

 「大虐殺の虚像」を明らかにする狙いで偕行社が募集したものでしたが、寄せられた証言は虐殺の実態を生々しく伝えます。

 松川晴策元上等兵は「(中国の)便衣兵が一列にならばされ、(日本の)兵士が次から次へと銃剣で突き刺したり、あるいは銃で撃っているのを見ました。その数は百や二百ではなかった」「土のうと死体が一緒くたになって、約一メートルぐらいの高さに積み重ねられ、その上を車が通るという場面を見ました」と証言しています。

 佐々木元勝元上海派遣軍司令部郵便長は日記に「道路近くでは石油をかけられたのであろう。(死体が)黒焦げになり燻(くすぶ)っている。波打際には血を流し、屍体(したい)が累々と横たわっている」(37年12月17日)と書き残しています。

 最終回の85年3月号で、編集部の加登川幸太郎氏は「(死者の)膨大な数字を前にしては暗然たらざるを得ない…この大量の不法処理には弁解の言葉はない」と虐殺の事実を認め、「旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫(わ)びるしかない」と謝罪しています。

日中政府の歴史共同研究でも

 「日本の近代史の研究者の中で、南京で相当数の不法な殺人・暴行があったということを認めない人はほとんどいない」(『外交フォーラム』2010年4月号)。2006年に第1次安倍政権が着手した「日中歴史共同研究」で安倍首相の指名で日本側座長となった北岡伸一国際大学学長は、共同研究の成果と課題をまとめた論文で述べています。

 北岡氏は日本の侵略を認めたうえで「不快な事実を直視する知的勇気こそが、日本の誇りなのであって、過去の非行を認めないのは、恥ずかしいこと」とも言っています。

・・・いかがでしょうか?
どうしても『なかった』と言いたいのなら、せめてこの程度の記事は軽く完璧に反論してほしいものです。
一つ一つ、丁寧な反論を期待しております。(笑)

それと慰安婦問題…これは某政党のCちゃんが、長文の論文を発表しています。長いので見出しだけ表示しておきますが、リンクを開いて、ぜひとも、こちらも、丁寧なる反論を試みてください。

その上での、さらなる『無かった』との反論を期待したいものです。待ってますよ。ネトウヨ諸君&自称・リベラル諸君!


歴史の偽造は許されない ――「河野談話」と日本軍「慰安婦」問題の真実



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[ 2014/09/04 09:10 ] 政治の話 | TB(0) | CM(2)

 こんばんは。堅い話は抜きにして、楽しい話もしましょうよ。
[ 2014/09/09 23:02 ] [ 編集 ]

Re: くうみんさん

やあ、いらっしゃいませ。
最近私のテンションが下がりっぱなしで、いけませんが、また近いうちに、ブログ復活予定です。

人生色々ありますが、まあ、ぼちぼち行きましょか。(笑)
[ 2014/09/10 14:47 ] [ 編集 ]

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