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原発の島…祝島の旅

2014/05/26(月)

惨酷道ヨサクの旅が終えたばかりだと言うのに、私と連れ合いさんは、24,25日とまたもお出かけです。
ビキニ水爆実験の被災者の聞き取り調査などで知られている山下正寿さん達が結成した『もやい塾』例会に参加しました。

今回は原発建設で30年以上も揺れ続けている『祝島への旅』です。
運転手も含めて15名、これにガイドの木原省治さんを加えて、総勢16人の一泊研修・交流の旅でした。(ガイドの木原さんと、広島から参加の澤野さん夫妻は柳井から合流)

24日7時半に宿毛市の山下宅に集合。マイクロバスで出発しました。
時間を稼ぎたいと県道4号線を走りましたが、ここは高知県側の道が悪い。生憎土曜日だったせいで、いつもは車の少ない道なのに、結構対向車が多くて、すれ違いに運転手さんは、随分苦労していました。
私も、バックができないおばちゃん運転手さんに代わって車をバックさせ、なんとかすれ違うなど、まあ、なかなか大変な旅となってしまいました。(笑)

途中、道を間違うなど、さんざん苦労しながらも、まあ一応無事に三津浜港にたどりつき、フェリーで山口県の柳井港に向かい、上関町四代港からチャーター船2隻で祝島へと向かいました。

四代港へ向かう途次にある中電の事務所や、後で出てくる、原発資金で建てられた色んな施設などを見ながら、説明をガイドの省ちゃん(本人から、そう呼んでくれと要望があったので、これからはこの名称で話を進めます) から受けながらバスは進みました。

港への途中に3,11以後に建てられた、推進派の笑える看板がありましたので紹介します。

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バスの窓から写した看板ですが、どうですか?
3,11以降の看板なので、何だか少し言葉に遠慮が見えますねえ。(笑)
しかし、推進派の人々が、何やら心にやましさを覚えながらも、金になる原発を建てたい…いや、本音を言えばもう建てられないだろうが、少しでも長い間、原発資金を貰い続けたい…そんな物悲しくなるようなあさましい人の感情が、この看板の文句から伺えるような気が、私は致しました。


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船は祝島への途中、原発建設予定地に寄りました(上の写真)。省ちゃんの説明はかなり長くて、ほとんど省略(笑)しますが、 中電は予定地の買収がうまくいかなかったので、土地が足らず、この船の見えるあたり一面、約14万平方メートルを埋め立てる計画に変更しました。

その結果2009年からの埋め立てをめぐる激しい戦いが、3,11まで続くことになった訳です。

しかし、あの悲惨な3,11で流れは大きく変わりました。
祝島の人たちの戦いはまだ終わっていませんが、推進派にしても、反対派にしても、これから新たな原発が建てられる日が来る…とは、もう誰も思ってはいないのではないでしょうか。

それなのに何故、建設撤回、戦いの終息宣言が出せないのか?  誰しも不思議に思うところですが、その理由については、今回のガイドをしてくれた省ちゃん が、自らのブログで記事にしていますので、そちらをご覧ください。

省ちゃんの前向き語り 

・・・前略
 それにしても罪作りな「エネルギー基本計画」です。原発推進派は、「エネルギー基本計画は新設に触れていないから、新設はあるのだ」と言っています。

 まあ、上関町の原発推進派も中国電力も山口県も、自分たちが生きている間に上関原発が建っているとは思っていないでしょう。嫌、原発は建たないと思っているでしょう。でも「建てたい」という姿勢が維持されている限り、お金は入ってくるし、好い思いが出来るのですから。
・・・後略








このブログ(省ちゃんの…)の裏付けではないが、ちなみに上関町が2011年度までに受け取った国からの原発交付金は、約56億5千万円。テレビ報道では約70億円とも。
また、2012年度の上関町一般会計当初予算額46億円の内、原発関連の交付金は約13億円を占めている。
さらに学校の屋内プール、温浴施設の整備、歯科診療所…等々…中国電力からの寄付金は5回、計24億円になっているそうである。

まあねえ、貧すりゃ鈍すると言いますが、人間一旦『あぶく銭』を手にすると、本当に、まじめに努力し、汗を流して働くことがバカバカしくなるのでしょうねえ。
まあ、その辺の人間心理と、原発利権の本質を笑い飛ばす歌がありますので紹介します。
ぜひお聴き下さい。





いかがですか?
全国皆さん、原発なんて、何にも難しい問題ではありません。
歌で笑い飛ばせる…その程度の問題ですよ…その本質は・・・

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さて、話は長くなりますが、祝島では、2つの民宿に男女別に泊まりましたが、交流会にはチャーター船で迎えてくれた清水さん上関原発を建てさせない祝島島民の会代表・町会議員⇒右端)と、その恩師に当たる木村さん(自治会長⇒その隣)が参加されて、闘いの状況や、これからの祝島の町おこしなど、多くの課題について、意見の交換がありました。

この島では毎週月日のデモが定期的に続けられており、1192回に到達したこと。厳しい闘いの中で、島民が推進派と反対派、2つに分断されてたくさんの悲しい想い、悔しい想いを味わっていること、あるいは反対派を恫喝する『スラップ訴訟(嫌がらせ訴訟)』のこと、そして最近は、反対派の中でも『補償金を受け取りたい』という人たちも出てきている悩み等々、正直な話を聞かせていただきました。

まあ、私たち『もやい塾』の大体の総意としては、原発に頼らない新たな町おこしの取り組み…その具体案なども示して、その取り組みの中で、闘いで傷ついた人々の融合と癒しを進めて言ったらどうだろう・・・と、言うようなことを提案いたしました。


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この祝島…原発問題が無ければ、本当にのどかな、豊かな自然環境の中にある島でした。
古くは万葉集にも、その名前が登場する由緒ある島なのです。

交流の席で、この島の伝統行事『神舞…かんまい』の歌も聴かせていただきました。また、神事に使う木造船も、今作れる人は1人だけで、引き継ぎ手がいないのが悩みなのだそうです。

翌日、午前中に民宿『くにひろ』さんの案内で、島内の散策と説明を頂きました。
島には、風波を避けるために、石と白セメント(昔は漆喰で)で固めた練塀が作られ、家と一体化しています。練塀は防火面でも大きな威力を発揮しているそうです。
夏涼しく、冬暖かいのだそうな。


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そして、なによりも長い闘いの中で、支援者たちの中から移住者が増えたことが朗報で、この3年ほどで Iターン、Uターンが約30人ほどが出ているそうです。

写真の若い2人は、この東京からの移住者で、この3月に結婚して、秋には子供ができるそうです。
もちろん彼らは、2009年ごろから闘いの支援を続けて、この島に住み着いたのだそうな。
東京では考えられないような人間関係の強さを堪能しながら、生活していきたいと語っていました。
若い二人に幸いあれ!
 
今回の祝島の旅…内容が多すぎて、ほんの一部しか紹介できませんでした。
機会を作り、また祝島を訪ねようと思っています。

今回色々とお世話になった皆さん。楽しい旅をありがとうございました。




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[ 2014/05/26 18:14 ] 原発・原爆 | TB(0) | CM(0)

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