余録:チベットの歴史と人々
「西方インドでは法の輪を転じる仏法を行じた果報は帰依の心。東方中国では富の塀をめぐらす商売に努めた果報は貨幣。まん中のチベットでは客に肉と酒を振る舞う。その果報は客のおしゃべり」。チベットのことわざだという(世界ことわざ大事典)▲「秘境」イメージの強いチベットだが、実際は閉鎖的ではないという。陽気に客人をもてなし、その語り合いが楽しみだとことわざはいう。そして宗教のインドと、商売や政治の中国の間でバランスを取ってきたぞという意識もうかがえる
▲その客人に開かれていたはずの土地に情報の塀がはりめぐらされた。中国チベット自治区のラサの暴動はいまだ死者数もはっきりしない。騒乱の経緯や、治安当局の取り締まりの実態も闇の中だ。一方で四川省などの騒ぎも聞こえてくる
▲これに対しインドや米欧日では亡命チベット人らが、中国当局の武力制圧への激しい抗議行動を見せた。また亡命中のチベット仏教最高指導者ダライ・ラマ14世は中国の対応を「文化的虐殺」と非難し、事件の真相の国際的な調査を求めた
▲チベットでは観音菩薩(ぼさつ)の化身とされるダライ・ラマである。伝承によると釈迦(しゃか)が足を踏み入れなかったチベットの生きるものすべての救済を誓ったのが観音だった。その観音とは苦しむ人々が救いを求める声をすぐに察知し、解脱へ導く慈悲の菩薩であるのは日本でもおなじみだ
▲今では国際社会も情報の塀のすき間から聞こえるチベットの人々のうめきや悲しみに耳をすましている。このままで北京五輪は世界の祝福を受けることができるのか。もしダメなら何をなすべきか。中国に分からぬはずはない。