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幸徳秋水・刑死106周年墓前祭

2017/01/25(水)

また1週間ぶりの更新となってしまいました。
どうもねえ、正月の間にすっかり《ずぼら癖》が身についてしまったようです。(笑)
今週は全国的に寒波が襲来して、突然の雪に立ち往生した車も出たようですねえ。
南国高知でも山沿いでは白く変わった所もあったようです。

私の住む地域は、海の傍なので比較的暖かく、あまり降りませんでしたが、それでも月曜日は雪が舞い、このまま夜中に降り続けば、久しぶりに雪が積もるねえ…なんて言ってましたが、夜はあまり降らなかったようです。

そして火曜日は朝から日が射していました。
この日は午前中は卓球の練習、そして昼からは《幸徳秋水の刑死106周年の墓前祭》に参加しました。毎年この日は、なぜか雪が降り、寒い思いをします。
今年は雪なしだなあ…なんて思っていたら、墓前祭が始まると突然に雪が降り始めました。
《やっぱり秋水と雪は切り離せないねえ》なんて、参加者からのつぶやきが広がりました。(笑)


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幸徳秋水の墓は正福寺…四万十市の商店街の近く、裁判所の裏手にあります。
入り口には、幸徳秋水を顕彰する会により、ご覧のような案内板が設置されています。

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墓地の左手には、四万十市が設置した、看板も掲げられていて、良く目立ちます。


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秋水の墓前には、テーブルが置かれ、お供え物もあります。
この後、参会者による献花が行われます。


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墓前祭参加者は、今年は少し少なかったようですが、それでも60名ほどに達しました。
秋水の墓から奥の様子です。


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こちらは、秋水の墓の前になります。


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こちらは、秋水の墓の入り口側になります。


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幸徳秋水を顕彰する会の久保会長の献花を皮切りに、秋水の縁者や運動関係者が次々と献花を行いました。
墓前では、何人かの挨拶もありましたが、私も記録できなかったので、それは省略させていただきます。(笑)


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秋水の墓の隣には、秋水の師にあたる木戸明の墓もあります。
木戸明は、秋水の才能を惜しんで、秋水に社会主義運動をやめるように、諫めに来たこともあったようですが、師弟が理解しあえることはなかったようです。


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午後2時から、場所を室内に移し、土佐史談会会員の別役(べっちゃく)佳代さんによる講演が行われました。演題は《田岡嶺雲と幸徳秋水》

田岡嶺雲は、高知市で秋水よりも1年早く生まれ(1870年)、秋水よりも1年遅く亡くなった人です。
2人の出会いは万朝報時代で、肝胆相照らし、お互いの著書に序文を書くなど、関係が続きましたが、大逆事件の冤罪で処刑された秋水は、広く世間に名を残し、20世紀の人物として取り上げられていますが、嶺雲は晩年、難病にかかり病死したためか、それほど世間に名を知られることなく、現在に至ったようです。

秋水は身の丈5尺(150cm)ほどの、小男だったようですが、その死生観は《死に所を得る》だったようでして、国家による不当な冤罪による処刑ではあったが、まさに本人の死生観にぴったりの死に様となり、その名は永遠に語り継がれることとなりました。
人生とは、まことに不思議なものですねえ。

余談ですが、秋水が刑死した時代と、今のアベ政治のありようが、何だかねえ…何となく似通っていませんかねえ。

秋水刑死の14年後に、あの悪名高き《治安維持法》が制定され、日本の社会主義運動や民主主義は冬の時代を迎えました。その結果どうなったか…皆さんご存知の通りです。
ただひたすらに《戦争による悲惨な破滅》へと日本は突き進んでいきました。

今、アベによる独裁体制が敷かれ、秘密保護法が制定され、戦争法が制定され、いま、さらに治安維持法にあたる《共謀罪》法案が制定されようとしています。

秋水は、100年以上も前に、戦争の悲惨さを訴え、非戦の訴えに命を懸けていました。
いま私たちは、この秋水に学ぶべき時ではないでしょうか。




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[ 2017/01/25 17:33 ] 幸徳秋水 | TB(0) | CM(6)