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トンボ公園

2017/05/07(日)
連休も終わりました。
わが里も、何組か訪問者がありましたが、今朝、最後の1人が帰っていきました。
今日からは、しばらく静かな毎日が戻ってきます。

ハクビシンの襲撃から守り通した我が家のサクランボは、今年はたくさん採れました。
今日は近所の子供が採りに来ます。
それで収穫も終了です。

昨日は昼から、久方ぶりに四万十市のトンボ公園を訪ねてみました。
ナンジャモンジャの花が満開だと聞いたからです。

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        ここがトンボ公園…結構広いよ                 これがナンジャモンジャ(ヒトツバタゴ)
木に雪が積もったような、真っ白な花がふわふわと咲いていました。


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        アップにすると…こんな花です                            大量の睡蓮の花が待ってます


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       ピンクの睡蓮はとても優雅                           これは珍しい…アサザの花


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              水辺の花…名前は?                                         このトンボ…?ヤンマ


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この季節に、もうこれだけのトンボが飛んでいるんだねえ。


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             イトトンボの交尾                                これなんだ…シオカラトンボみたいだけど?

たまには、広いトンボ公園を散策してみるのも、いいんじゃないかなあ。
トンボの写真が大好きな《M字ハゲ親父さん》に会えるかな?  と少し期待していましたが、それらしき人とは出会えませんでした。残念。(笑)




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[ 2017/05/07 09:02 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(2)

四万十の景色

2017/02/15(水)

国内では憲法無視、国民無視の政治を続ける、アベシンゾウは露骨な《財界ファースト》を貫いていますが、対外的には、これまた露骨な《アメリカファースト》の姿勢を見せましたねえ。

外国首脳から批判の的にさらされている《トランプ》の大歓迎を受けたようです。
そりゃそうだわな。誰も相手にしてくれないトランプを初めて訪ねてくれた外国首脳…ですから。
《どうだ、シンゾウは、俺のやり方を認めてくれたぞ、俺様の権威を認めたんだ》…と、トランプにとって、相当心の慰めになったでしょうねえ。

しかし、世界各国の日本に対する評価は、明らかに低下しました。
《やっぱり日本は、アメリカの犬だねえ》《日本は憲法9条を捨てて、武力外交に転じたようだ》これまで、日本は絶対に外国に武力の脅威を与えない、安心できる隣人だ…と思っていた人たちの、これから日本を見る目が明らかに変わり始めました。

そして国会では、《自衛隊の南スーダン派遣の日報隠し》が問題に。防衛省は日報の電子データの存在を昨年12月26日に確認していますが、今年に入って国会での政府答弁は、そのことに触れないまま知らんふりを通していました。
まさに《政権ぐるみの隠ぺい》ととられても仕方がないのではないか。
本当に稲田防衛相やアベが 知らなかった、としたら、それはそれで大問題でしょう。
防衛省や自衛隊への《シビリアンコントロール》が効いていなかった…ことになります。それは憲法に違反する事態であり、戦前の《軍部の独走》に匹敵する事態だからです。

やれやれ、《日米同盟第一》《金持ち優遇第一》《戦争できる国第一》の露骨な選民政治を行うアベ内閣の支持率が向上してるって?
まあ、それを言ってるのはNHKなんだけどねえ。これで公共放送なんだろうか?
みんな不信感を持つよねえ。



さて、そんな政局の中、暖冬と言われていた気候…突然の大寒波襲来で、列島全体がブルブルと震えています。ここ四万十でも、年に一度か二度は雪の降る日もありましたが、先週の週末は、なんと4日連続の雪が降りました。
これは、私が四万十へ来てから、今年で12年目になりますが、初めてのことです。


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我が家の庭に積もった雪。まあ積もったのは一日だけでしたが、それにしても窓の外で連日雪が舞うなんて景色は、初めての経験であり、まるで雪国みたいな感覚に陥りました。


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さて、こちらの写真は何だと思います?
四万十川の河口でシラス(ウナギの稚魚)採りをしている船の灯りです。
昨年は中国のシラスが大量に持ち込まれたため、シラスの値が暴落して、船の灯りはほとんどみかけませんでしたが、今年は、最近になく多くの船が川に出ています。

しかし、四万十名物のシラス漁も年々シラスの数が減少し、いつまで続くのか分からない状況です。

また昼間は、こちらも四万十川名物、天然ノリの収穫が行われていますが、何だかねえ、今年はノリが少ないのかねえ…あまり天日干しを見かけません。
寂しいねえ。




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[ 2017/02/15 13:50 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(1)

大逆事件・坂本清馬の解説板設置

2017/01/16(月)

1月15日は、1911年に国家が起こした大冤罪事件《大逆事件》の再審請求の訴えを起こし、世に大逆事件の何たるかを知らせせしめた、土佐のいごっそう・坂本清馬の42年目の命日であった。

今年(2017年)は幸徳秋水たちの死刑執行、清馬の投獄から106年になります。89年の生涯のうち63年を冤罪の名の下に生きた男。「国権維持のためなら、人権など歯牙にもかけない」という暗黒裁判、国家による冤罪事件に「頑固な抵抗」を続けた清馬の一生は私たちにとても多くのことを教えてくれます。


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幸徳秋水と同じ墓地に眠る坂本清馬…大逆事件の再審請求を求め、世に大逆事件の真実を訴え広めた功労者・坂本清馬は、その果たした役割に比べ、秋水と比較すると、あまりにも位置づけが低いと、「幸徳秋水を顕彰する会」では、一人秋水のみでなく、秋水に関わる多くの人たちが、どんな役割を果たし、どんな生涯を送ったのか、一つ一つ掘り起こしていく作業を続けています。

その一つが、今回の坂本清馬の解説板の設置(上の写真)でした。


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お墓も掃除して、草ぬきもして、ずいぶんときれいになりました。
清馬さん、《何事か?》とびっくりされたことでしょう。


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こちらは幸徳秋水のお墓です。
ずいぶんと苔が生えて、名前も読み取りにくくなっています。
もう少し見やすくなるように…せっせと苔をはがし、きれいに仕上げました。





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どうですか?
ずいぶんと見やすくなったでしょう。
お墓だけでなく、墓地全体の草ぬきや落ち葉拾い、ゴミ拾いなど、参加者10人ほどで、きれいにしましたよ。

この日は、寒波襲来で雪もちらついていました。
1月24日は秋水の墓前祭です。どういう訳か、この季節になると必ず寒波が襲来して、雪の中でのイベントとなってしまいます。

坂本清馬については、「幸徳秋水を顕彰する会」の事務局をしている田中全さんが自分のブログで紹介しておられますので、その一部を引用しておきます。

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http://hatanakamura.blog.fc2.com/blog-entry-136.html


 1月15日、坂本清馬没40周年だった。幸徳秋水と一緒に眠っている正福寺の墓を、有志(秋水を顕彰する会)で墓参した。坂本清馬は大逆事件(1910年)の犠牲者の1人。死刑判決を受けたが、翌日無期懲役に減刑。
父は中村出身だが、室戸で生まれた。旧制高知二中を中途退学し、上京。小石川砲兵工廠で働く中で、幸徳秋水の思想に共鳴。自ら秋水に近づき、秋水の書生となったり、啖呵を切ったり。秋水に「坂本君は豪傑だからね」と言わしめたように、土佐のいごっそう、直情径行の行動派だった。

大逆事件のころは秋水と喧嘩別れして東北にいたので、明治政府がでっちあげた事件とのかかわりは何もなかったが、秋水一派として逮捕された。

清馬は獄中でも一貫して無実を訴え続けた。だから、獄中でも問題囚とされ、仮出獄が許されたのは、無期懲役12人(死刑も12人)の中では最も遅い、24年後(昭和9年、1934)だった。
戦後は秋水のふるさと(自分の父のふるさとでもある)中村に住む。昭和36年(1961)、大逆事件再審請求の訴えを東京高裁におこす。裁判支援の全国組織として、「大逆事件の真実を明らかにする会」が東京に結成される。再審は認められなかったが、これをきっかけにして、それまで闇に葬られようとしていた事件の真相が広く知られ、犠牲者の名誉回復、顕彰運動が広がっていく。大逆事件サミット等、今につながる運動の起点は清馬による再審請求である。
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私も、昨年から「幸徳秋水を顕彰する会」に入会しました。
ぼちぼちと中村(現四万十市)の偉人たちの歴史、人物等について学んでいきたいと思っています。

それにしても皆さん、《大逆罪》や《冤罪》なんて、過去のものだと思っていませんか?
先日のつぶやきにこんなのがありましたよ。

…さあ、いよいよ安倍政権が「共謀罪」を出して来る。2020東京五輪のテロ対策だとして、名称を「テロ等準備罪」にすると。名称を変えるとは、つまりその本来の目的「共謀するだけで捕まえる」ということを国民に分かりにくくするためだ。五輪に反対する相談だけで捕まるぞ、これ。恐怖の独裁国家だ。…

今年やはり、アベ政権…諸悪の根源…となりそうです。
我々の生活の害になりそうなものは、早めに取り除くのが、安全ではないでしょうかねえ。
こんな記事見つかったら、私も《共謀罪》で逮捕されるのでしょうか?
くわばら、クワバラ。。。。。




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[ 2017/01/16 14:21 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(2)

餅投げと年末

2016/12/12(月)

先日、近くで新しく家の棟上げがありました。
私の住む地域では、人口が減少し続ける街の中でも、珍しく子供も割と多く、こうして新しい家も建てられたり、他県からの移住があったりと、環境は静かなものだが、地域としてはにぎわっているようだ。


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棟上げ…と言えば、この辺では、《餅投げ》と相場は決まっている。
私も連れ合いさんと、参加してきました。
飛んでくる餅を夢中で拾い、家に帰り、数えてみたら、なんと73個もありました。(笑)

近くの人にも分けたりしましたが、それでも相当数の餅が残りました。
これで今年は、我が家では新年の餅は用意しなくてもよさそうです。(笑)
今、冷凍庫で保存しています。

正月は、大阪の家に帰り、孫ちんたちと大晦日を過ごし、餅を食べたり、年越しそばを食べたり楽しみたいと思っています。


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本当にねえ…1年たつのが早いねえ。
早、師走…1年の終わりとなる月だけに、何となく気持ちが忙しいねえ。

いつも卓球に通う体育館の近くの楓…メイプル…と言うのかな?
大きく育つ楓は何と言ったか…忘れてしまったが、今いい色に染まっている。
私の人生も、今、たそがれ時に入ってきた。
私の人格も、このメイプルみたいに、いい色に染まっていたらいいんだけどねえ。





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[ 2016/12/12 08:32 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(4)

一条大祭とパソコン不調

2016/11/26(土)

22・23・24日は、高知の3大祭りの一つと言われる、四万十市の一条大祭が行われた。
メインの一条神社では、祭りの間、京都の下鴨神社から取り寄せた《御神火》を境内で燃やし続け、その間御神楽の奉納や稚児行列などの催しがある。

私も雑踏はあまり好きではないのだが、連れ合いさんに引きずられて、ちょっとだけうろついてきました。以下にその時の写真をアップしておきますが、実は、この3日間ほど、パソコンの絶不調で、用事が何もできず困ってしまいました。ブログの更新が遅くなったのも、そのせいです。
まだ、完全には復調していませんが、とりあえず、ブログの更新だけしておきます。(笑)

何だかねえ、windows10…欠陥じゃない?
何だか、半強制的にバージョンアップさせられて、以来、どうにもネットの繋がりが悪くて、毎日何回もPCの再起動を必要とした。最近のプログラムの大きな更新で、やっと普通に動き出し…良かった~と安心していたら、突然PCの動きが遅くなり、何度もフリーズが起こるようになった。

もう、仕事にならないと、元のwindows7に戻そうと、CDを入れてもPCが受付を拒否する。
仕方がないので、PC画面左隅の設定から《更新とセキュリティー》で《回復》をクリックすると
《初期状態に戻す》の項目がある。
それを押すと、アプリは消えるが、問題が解決する?の表示がある。

こりぁ~長期戦になるなあ…覚悟の上でボタンを押した。
初期状態に戻ったPCにコピーしておいた、色々なアプリをロードさせた。
途端にPCの動きが悪くなった。
仕方ないなあ…もう一度リセットだ。

今一つ一つ、ネットの回復、メールの設定、ワードやエクセルなどのアプリを時間をかけて復活中だ。とほほほ・・・


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さて、祭りの様子はというと、いつもは数人しか見かけない、天神橋のアーケード商店街のいたるところに、全国から来た屋台が、所狭しとひしめいていた。
その中を、これまた多くの老若男女が、びっしりとひしめいて歩いている。

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               徳永茉己と 美女連によるフラメンコ                    カラオケ名人  井垣君の熱唱
                            

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              パントマネ金と子供たち                                          ショーを楽しむ観衆

23日は勤労感謝の日…いつもは静かな商店街も、この日ばかりは、一万人を超す人の波でごった返した。同時に何か所かでイベントが進行しているので、あちらに行ったり、帰って来たり、稚児行列や間六口さんのバナナのたたき売りも見たかったのだが、見逃してしまった。


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                 一条神社のお参りの列                                        境内では一条太鼓も

文久2(1862)年、建立されて以来、毎年大祭が行われています。今から数十年前までは、祭りの3日間は、市内の各家で、門戸を開け放ち、何処の家でも《御接待》が行われ、知らない人でも勝手に上がり込んで、無礼講の酒盛りが行われていたらしい。


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神社の脇には、能舞台も作られ、幡多神楽や津野神楽も行われている。
演じる人たちは、地元の人たちで、今も伝統を受け継ぐ努力が陰ながら続けられている。

あ~  やれやれ  やっとブログの更新が出来ました。
これからも、アプリのアップが山積です。
本日は、これまで。




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[ 2016/11/26 14:49 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(0)

愛媛大洲・内子への旅2-1

2016/11/01(火)

先週は、なんだかんだと、予定が多くて、ブログの更新も大変でした。
高知市内への眼瞼マルトリンパ腫の3年目検診や、その他雑用、そして何よりもハードだったのが1週間に3回の卓球。
しかも、日曜日には四万十市主催の卓球大会があり、1日で10試合もやったので、今は全身筋肉痛で、もう体が悲鳴を上げています。

さて、その卓球大会の翌日、我が家の連れ合いさんは容赦がない。
自分が運営している《旅行小組》の運転手として、愛車ごと駆り出された。
行く先はお隣の愛媛県。古い町並みなど残る大洲と内子の町を訪ねました。


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⇑ 大洲の富士山(とみすやま)公園の展望台から見る、大洲の街並み。
上の方、山の麓を横に走る緑のラインは肱川です。
肱川の河口は《肱川あらし》が、有名です。


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                      入口の石碑                               臥竜院の屋根は垂木でなく竹が使われてました

とりあえず、大洲の町で一番有名?な《臥竜山荘》を訪ねてみました。
文禄年間、この地は藤堂高虎の重臣、渡辺勘兵衛が広大な屋敷を構えていたところで、「勘兵衛屋敷」の名で呼ばれていたそうです。

現在の臥龍院、不老庵、知止庵の数奇屋造りの三建造物は、明治の貿易商河内寅次郎氏が十年かけて築いたものです。

臥龍山荘は、昭和31年9月に大洲の名勝として大洲市の文化財に指定され、さらに昭和60年2月臥龍院、不老庵が愛媛県の県有形文化財(建造物)に指定されました。


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      庭の通路は石を並べ、なかなか風雅                つくばいにはコスモスの花が飾られ


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            珍しい牡丹苔(白い部分)                               知止庵(当初は風呂、最近は茶室)

庭には様々な苔が見られますが、特に珍しいのが、この牡丹苔だそうです。普通、この苔が育つには100年程もかかると言われています。
知止庵は、当初は風呂として使われていたそうです。昭和24年に内部を改造して茶室とされた…と説明にありました。



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         屋敷の土手に掘られた湧水穴                    覗いてみると、花が浮かべてありました

川の縁の不老庵の横に、目立たない場所にポツンと穴が一つ。なんだろう?と覗いてみると水汲み場の穴でした。いや~ 我が家にも一つ欲しいなあ。(笑)


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          庭の石は結構趣があります                           不老庵の天井は、竹を編んでました

屋根は船底を現したものだそうです。

DSC_1088.jpg 不老庵の座敷からは、肱川の流れが一望できます。
この辺りは、肱川一の景勝地と言われているそうです。
庵の真下は、臥竜渕と呼ばれ、贅沢な一枚板で作られた縁側の下には美しい淵の姿が見られます。



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                                         川の流れを模した  臥竜院の石垣

写真に①②と番号を入れましたが、①の上にある楕円形の石は、川遊びを楽しむ船を現し、②の上の丸い石は月を現しているそうです。そして、石垣全体が川の流れを現したもので、まあ、まことに遊び心いっぱいの建物でした。

我が家もねえ、手作りの家だけに、もっとお金があったなら、真似したいところですが、そこはどうにもならんところです。(笑)

さて、一同、これから近くの《おはなはん通り》に回る予定でしたが、昼も近いので、ここは省略して、内子でご飯食べよう…ということになり、大洲を後にしました。

《おはなはん通り》とは、市街地の東端、肱川に近い一角に、江戸及び明治の面影を残す町並みが残っており。 この一帯で昭和41年のNHK朝の連続テレビ小説「おはなはん」のロケが行われたことから「おはなはん通り」の名称で親しまれているそうです。

さて、あまりにも写真の数が多いので、次号でまた話の続きを紹介します。
本日はこれまで。(笑)





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[ 2016/11/01 17:15 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(2)

珍しい《神様の結婚式》

2016/10/10(月)

連れ合いさんがいなくなって、もう10日が過ぎました。
そろそろ自炊生活にも慣れてきましたが、今日、連れ合いさんは《帰るよ~》と連絡がありました。
なんだかねえ、《鬼の居ぬ間の命の洗濯》とばかりに、3日ほど前にも釣りに出かけてきました。
《なんだよ、たかが釣かよ》などと言うなかれ…連れ合いさんが居ると、とにかく用事で忙しくて、釣りなんぞめったに行けないのが、現実なのである。とほほ…
そして釣果の方も、とほほ…な結果に終わった。小鯵が15匹ほどであった。

実は昨日も、そのリベンジに釣りに出かける予定で、前日からエサを買い入れ、撒き餌を冷凍庫から出して、解凍しておいた。今度は宿毛湾のチヌ釣りに的を合わせた。
前回の帰り道、いくつか港を視察し、チヌの魚影が濃い港を見つけたのだ。フッフッフ…今度こそ…準備はよかったのだが、生憎の雨模様で、悩んだ末に中止することにした。

その代わりと言っては変だが、昨日は、近所の間崎地区の区長さんから教えてもらった全国的にも珍しい《神様の結婚式》の《女みこし》が、近くの港から船に積み込まれて、四万十川を遡り、少し上流の対岸にある《不破八幡宮》に向かい、結婚の儀式を挙げるとのこと…私はまだ1度も見たことがないので、ちょうどいいかと、見学に出かけました。

「神様の結婚式」として知られる四万十市不破の「不破八幡宮」大祭は、同神社の「男みこし」と、同市間崎、一宮神社の「女みこし」が結婚の儀式をおこなうのである。

この祭りは応仁の乱を避け荘園のあった同市に逃れてきた関白一条教房公が、幡多地域にあった略奪婚の風習を戒めるために始めたとされる。500年以上の歴史があり、市の無形民俗文化財に指定されている。

 四万十川対岸の一宮神社から女みこしが舟で到着し、川原の御旅所で八幡宮の男みこしと対面。酒を酌み交わし「結納」の儀式を行う。この後、氏子に担がれた男みこしが女みこしの周りを回った後、みこし同士の先頭をドン、ドン、ドンと激しく3度ぶつけ合う「輿(こし)合わせ」が繰り広げられるのだそうだ。これが、男女の《合体》の儀式なんだろうね。(笑)

知人の話では、かなりの衝撃がある…とのことだった。

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間崎の一宮神社から船に積み込まれる《女みこし》


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みこしは雨に濡れないように、ビニールに包まれている。またみこしを積んだ船にはエンジンがついてないので、別の船がもやいあって引いてくる。


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みこし舟は、途中の《井沢渕》で集結する
ちなみに井沢渕は、《釣りキチ三平》にアカメ釣りのメッカとして登場する場所で、この漫画の後、一気に有名になった。漫画では、この淵は四万十川で最も深い淵で、その水底には《竜宮城》があった…なんて書いてなかったかな?(笑)


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そして、太鼓をたたきながら、井沢渕の河原に横付けして、ここで待っている人たちが、お賽銭を入れながらお参りをするのだ。雨は小やみになっていた。
さて、この後は、いよいよ四万十川を遡り、不破神社の近くの河原の御旅所で八幡宮の男みこしとご対面…の運びとなるのだそうだが、私の追跡はここまでで終了です。(笑)
この日は、忙しい日で、幸徳秋水の研究会と某政党の懇談会などもあって、そちらに顔を出すこととしました。

この続きは、また来年追いかけたいと思います。気の長い話でしょ。(笑)





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[ 2016/10/10 08:29 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(2)

四万十川の菜の花

2016/03/22(火)

四万十市内へ出たついでに、四万十河原の『菜の花まつり』を見に行ってきました。
清流四万十川の流れる河原に数キロにわたって菜の花が咲いています。
河原の柳の木と菜の花のコントラストは、いつ見てもため息が出ます。


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今年は春が遅いのか、菜の花はまだ満開ではありませんでした。
まだ数週間は楽しめそうです。



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      クリックすると写真拡大します                              タネツケ花もずいぶん咲いていました


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左  ハコベと           右  レンゲの花

菜の花の黄色に飲み込まれそうですが、一緒に、いろんな花たちも咲いています。
春の花は、桜だけじゃないよ。   なんてね。でもやっぱり桜は別格だよねえ。(笑)

春の桜と言えば、どうしてもこの一句思い出しますねえ。

                         ねがはくは花のしたにて春死なんそのきさらぎの望月の頃





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[ 2016/03/22 06:00 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(0)

歯医者さんと、雨の四万十川

2016/02/26(金)

アベ政権の暴走は相変わらず続いているようです。
近頃、いよいよ政権の傲慢さが目立つようになってきましたねえ。居並ぶ大臣たちの不祥事や暴言がニュースで流れています。

そんな政情の中でも、私の日常は途切れる?ことなく、毎日続いています。
私の歯医者さん通いも続いています。
私もついに[入れ歯]を入れることになってしまいました。今まで不摂生を続けた来た結果で、まあ自業自得…というところでしょうか。
今日は、入れ歯の型を見せてもらいました。来週には入れ歯が出来上がってくるそうです。
これで、歯の治療がワンクール終了します。
次からは展開によって、また歯医者さんに通うことになるのでしょう。あ~、でも当面3か月に1度、解放されてからも最低半年に1度は定期検診に通うようにくぎを刺されました。(笑)


先日雨の降る日に、お客さんを連れて、四万十川の沈下橋を見に行ってきました。
まあ、あいにくの天気ではありましたが、しかし、雨にけぶる四万十川の風情もまた、なかなかのものであります。

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下流から2番目の橋…三里の沈下橋


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三里の沈下橋から上流を望む

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こちらは市内、赤鉄橋の近く



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[ 2016/02/26 16:59 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(2)

四万十川の海苔採り風景

2016/02/08(月)

春の気配が徐々に強まりつつある昨今ですが、この国の政治はますますお寒い状況を呈しつあります。

世間を騒がせたパンツ下着大臣が先に辞任するのかと思っていたら、甘利銭ゲバ大臣が先に辞めてしまいましたねえ。また遠藤大臣の銭ゲバも問題化しつつあるようです。
まあ、私は狂乱のアベ内閣が次々と崩れていくのは、大歓迎だし、またこの腐れ内閣は、この国を正常化するために、1日も早く退陣に追い込むべきと考えています。

そうした中で、「自主憲法制定」を主張する右翼改憲派「日本会議」が主導した、地方議会での改憲を求める意見書採択が33都府県議会に広がっています。多くは、自民党単独による採択で、議会の慣例を破る強引な手法ですが、政治の軍国化、右翼化を常態化しようとの策動は、絶対に許せないものだと私は思います。

政治の世界は、まさに真冬の世界に突入する…そんな気配も強まりつつありますが、私は、この国の主権者である国民が、もう少しまじめに、この国の未来を考えてほしいと念願しています。



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こちらは、まだ冷たい四万十川に入り、天然のスジノリ採りが始まっています。
今年は、海苔の発育の状態が悪く、不漁かなあ…と思っていたら、突然の寒波襲来で、急に海苔の成長がすすんだようです。


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採取した海苔は、河原で天日干しにして乾かします。
四万十川では、天然のスジノリと共に、養殖のアオサも採れます。
ウナギの稚魚…シラス採り…と併せて、冬の大事な稼ぎとなっています。

地方の衰退の中で、寒さに負けず、まじめに働き生活している人たちはたくさんいます。
この国の政治が、一部の大金持ちや都会だけに目を向けるのでは無くて、こうした地方の地道な暮らしに、優しく目を向けてくれる…そんな時代の到来を、私は待ち望んでいます。




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[ 2016/02/08 07:00 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(0)

寒波襲来と秋水忌

2016/01/25(月)

いや~ いや いや 凄いですねえ。
日本列島真っ白け…沖縄本島に観測史上初めての雪(みぞれ)が降りました。
今年はねえ、もう冬は来ないのかなあ? なんて、半分冗談で半分本気で思っていましたが、自然はやっぱり甘くはないですねえ。

ここ数日、今までの暖冬の分もまとめて冬がやってきましたよ。

24日の日曜日は、我が四万十の偉人・幸徳秋水の刑死105周年の墓前祭がありました。
そして、連れ合いさんは、この日、高知市内で新婦人の会議がある…とのことで、いつもなら9時になっても寝ているのに、朝5時から起き出して、6時に家を出て、7時の列車に乗りました。

ところが、外は例の大寒波…前日から雪が降り続き、朝起きたら外は真っ白…さてどうする?
何しろ我が家は、四万十市のはずれ…太平洋を望む小高い丘の上にある。

坂道を車で下って市内まで走られるのか?
連れ合いさんは、『今日はもう欠席しようか、どうしょう』…と悩みまくっていました。

しょうがないなあ…私は愛車の軽トラ君に乗って、道が走れるか、テスト走行に出かけました。
家には、もう1台乗用車もあるのだが、軽トラ君は四輪駆動なのだ。当然四駆の方が雪道に強い…と山道を下ってみました。さすが四駆!降りしきる雪の中でも、坂道の登りでも下りでもタイヤが滑りません。

『大丈夫みたい』ということで、中村駅を目指して雪の降りしきる真っ暗な道を走りだしましたが、雪の降る時というのは、なんか変ですねえ。
ライトを上に向けると、視界一面降りしきる雪で真っ白で、路面が見えないのです。ライトを下向きにして走りましたが、それでも吹きつけてくる雪で眼がくらくらと、めまいが起きそうな感覚に必死に耐えて、運転を続けました。


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上の写真は、連れ合いさんを駅まで送った後、我が家の近くまで帰ってきた時の写真です。
もう7時前なので、空も少し明るくなっています。車のライトに照らされた道はご覧の通り真っ白です。
まあ、雪国の方からみれば大したことはない…と思われるでしょうが、ずっと南国で暮らしている私としましては、やっぱり雪道は恐怖なんです。


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この日の我が家の庭も、御覧の通りです。


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花の鉢も、飾りとして置いてるガラス玉もみんな綿帽子をかぶっています。

そう言えば、この日は冒頭で申し上げたように、秋水の墓前祭が12時半からありました。
底冷えする雪の中、秋水の墓前には80名の方が参列されました。この日は大阪から私の知人夫妻もやってくるので、私も欠席できません。

防寒着をしっかりと着込んで出かけました。
私も9条の会を代表して名前を呼ばれ、墓前に献花をいたしました。
墓前祭の後、午後2時から市民文化センターに置いて
非戦の系譜大逆事件 土佐の先駆者たち…と題して、記念講演会が行われました。
今年は、2つの講演がありました。
1つは、菅野須賀子を顕彰し名誉回復を求める会の奥宮直樹氏による『自由党闘士 奥宮健之』
もう1つは、大谷大学大学院 上山慧氏による『小松丑治  岡林寅松』

講演の内容については、長くなりますので、場を変えて掲載したいと思います。
その後、夕方6時からは、大阪から参加された13人を含めて、土佐の恒例…懇親会…9時過ぎまで自己紹介や議論が弾みました。

思えば、私はこれまで秋水記念祭の懇親会に出たことはありませんでした。
知人の参加…ということで参加しましたが、何しろ降りしきる雪の中です。車の運転があるので酒が飲めませんでした。素面で3時間、酔っ払いの相手をしましたが、まあなんだかねえ、色んな人と知り合いになり、いろんな話が聞けて、なんだかとってもためになりました。

知人と大阪の13人は今朝四万十を発ちましたが、高速道路は通行止め…無事に帰りつけたでしょうか?




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[ 2016/01/25 22:34 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(3)

土佐清水の産業祭に行ってきました

2015/12/09(水)

久しぶりの更新になりますが、昨日、12月8日は「太平洋戦争開戦記念日」でした。

1941年(昭和16年)のことです。あれからもう74年…ですか。310万人を越える日本人の死と、2000万人を越えると言われるアジア各国の犠牲者を出した「太平洋戦争」。その尊い犠牲の上に獲得した自由と平和…戦後の日本は『憲法9条』を有する現憲法のおかげで、70年間他国と戦火を交えることも無く、平和と繁栄を享受してきました。

その平和な戦後が一変したのが、アベ内閣の進めた『戦争法』の成立です。この国は戦争の残虐さと尊い犠牲を忘れて、再び他国に銃器ををもって侵略するつもりなんでしょうか?
2015年9月19日…『戦争法』が成立したこの日をもって、日本の戦後が終わりを告げました。
これからは政府の進める『戦前』のあらゆる企みに、監視の目を怠ってはならない。

奇しくも12月8日は、反体制、反戦運動で知られるジョン・レノンの命日でもあります。

日本のこれからを、皆さんと共に、私も見つめていきたい。



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まあ、そんな中、12月の5日と6日、お隣の土佐清水市で産業祭がありましたので、久しぶりに連れ合いと一緒に、出かけてきました。

土佐清水市は、今はもう人口1万5千人を切るという、過疎の町になりつつありますが、漁業を中心に一生懸命に、産業の振興を進めている町でもあります。

会場は、御覧のように港の横の広場です。
普段は見られない多数の住民が、お祭りに浮かれて参集していました。



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お祭りにはつきものの『餅つき』…とっても懐かしい風景です。
会場にはてき屋さんと住民による多数の屋台が出店していました。うどんや弁当、焼き鳥、焼肉等の食べ物以外にも、花や樹木、農機器やバイクなどの展示販売もあり、会場は数千人の人でごった返していました。

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会場のはずれでは、踊りのコーナーもあり、地元の踊り子チーム『いなん』が、よさ来い踊りを披露していました。若い男女30人ほどと、その予備軍?の子どたちが、なかなか上手に踊っていましたねえ。


ちなみに『いなん』とは、漢字で『渭南』…と表します。高知県の西部から愛媛県南部にかけての地域を指す名称であります。
まあ、私の個人的な推測ですが、『渭南』とは…これより南…という意味で、昔、まだ未開の地であった頃、この地域は、あまりにも辺鄙な地域で、まだ地名も無く、人々は『これより南』という表現で、この地域を表したのではなかろうか?…と推測しました。

まあ、この一帯は、今でもねえ、東京から最も遠い地域に該当してますからねえ。飛行機で高知の龍馬空港に降りてから、車で4時間ほどかかりますからねえ。とても同じ県内とは思えないほど、高知県は東西に長く遠いのです。(笑)

まあ、とにかく久しぶりに、のんびりとした1日を過ごしました。
次回は、ここで仕入れてきた豚肉の燻製を紹介しましょう。





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[ 2015/12/09 12:40 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(0)

入野の浜

2015/11/17(火)

先日、雨の後、近くの入野の浜を訪ねてみた。
入野の浜は、幡多地方でも3本の指に入る有名な浜だ。
結構砂浜は長い。4㎞ほどもあるのかなあ。

今の季節ならば、『潮風のキルト展』、初夏なら『Tシャツアート展』でにぎわいます。
何にもないところですが、砂浜が美術館だ…と、地元では、この浜のことを『砂浜美術館』と呼んでいます。

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浜の中央部から東側を望む

浜の反対側(西側)も、同じくらいの浜が続いています。結構でっかい砂浜です。


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そして、砂浜には、でっかいペンギンたち(サーファー)が、夏でも冬でも泳いでいます。

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しかし、私の目当てはここ。砂浜の防風林というか防砂林として植えられた松の林です。
ずっと、数キロにわたって松林が続いています。近頃では、これだけの松林は、よそでもあまり見かけなくなりました。

この松林をゆっくりと歩きながら、秋の味覚…キノコを探すのです。
生憎と、今年はまだ気温が高く、雨が少ないせいか、キノコは全く見つかりませんでした。
もう少し冷え込んでから、また出直しです。(笑)

しかし、まあ贅沢な話です。
家のすぐ近くに、こんな海があり、山があり、川がある。大自然に囲まれた、今の暮らし…まあ、あんまりお金はありませんが、今の暮らしには満足しています。

これでねえ、もう少しこの国の政治と国民の精神が安定してくれると、何にも言うことはないのですがねえ。





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[ 2015/11/17 10:26 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(0)

名鹿港まつり

2015/9/29(火)

今年は秋の訪れが早いですねえ。
アベ内閣のお寒い政治のせいなのかなあ?
とにかく、政治も暮らしも、気候も、全てが異常な感じがするのは、私の思いすごしでしょうか?

まあ、そんな世の中に、最近は嫌気を催しまして、ブログ更新にも熱が入らない、今日この頃です。
そんな中、一昨日は、地元の港まつりがありまして、私たち夫婦も、お手伝いやら何やら動員されて参加してきました。一応、地元にもなじんできて、お手伝いの一員として認められてきた…ということでしょうか。


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最近の台風の影響もあり海が荒れ、皆さんが楽しみにしていたメジカは収穫がなく、主役の座は、写真のイセエビにとって代わられました。
この私は、何といっても都会人…地元で新子と呼ばれるメジカよりも、やっぱりイセエビに軍配を上げたい。そんな訳で、この日は活きイセエビ(1㌔ 5.500円)に焼きイセエビ(片身 1.000円)、イセエビの味噌汁(無料)とイセエビ三昧の一日でした。

ちなみに…メジカはソウダガツオ(宗太鰹)と呼ばれるカツオの仲間で、関東では「メジ」とも呼ばれます。釣ったその日に食べろと言われるほど鮮度が落ち易い魚で、生食出来るのは釣り上げた船の上か漁港の近い町のみ。遠方へ送られるメジカは保存が効くように、ソウダ節(鰹節と同様)などに加工されています。漁業が盛んな高知県はメジカが傷む前に生食出来る環境が揃っており、旬である8月下旬~9月下旬は鮮魚店に獲れたてのメジカがたくさん並びます。メジカは旬がとても短く、限られた時期(約1ヶ月程度)しか食べることが出来ません。



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どうです? 美味しそうでしょう。私は、当初、メジカをさばく要員として呼ばれたのですが、メジカの確保ができなかったので、急きょ、焼きイセエビのお手伝いに回ることになりました。
中くらいの大きさのイセエビを縦に真っ二つに割り、塩を振り、アルミホイールで巻いて、炭火で焼いて、竹のお皿に盛って販売するだけの、まあ割と簡単な仕事でしたが、その匂いのいいこと…少しだけ味見をしながらビールを飲んでいると、次第にやる気があふれてきました。(笑)

『さあ、イセエビが焼けたよ。とれたてのイセエビ、1.000円だよ! おいしいよ!』と声を張り上げます。
この日はあいにくの雨模様で、来客はいつもの半分くらいでしたが、70匹のイセエビ…片身で売るので、140個のイセエビが、ほぼ売り切れました。


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そして、こちらがイセエビのだしと身が入った無料の味噌汁。いつもは要員の口に入ることはないのですが、今年は来客が少なかったので、要員の口にも回ってきました。
伊勢エビの味噌汁なんて、そんな贅沢なもの…初めて口にしました。しかも2杯も…美味しかったです。(笑)


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肝心の祭り会場の様子もイベントも、全く紹介していませんねえ。(笑)
せめて、祭りの最後のイベント…餅投げシーンだけでも紹介しておきます。
この地域では、お祭りやら、なにやら、家の棟上げだったり、船の新造だったり、とにかくおめでたいことがあると必ず付いてくるのが、この餅投げです。
専門の餅拾いの『連』もあるくらいです。

私は、写真を撮りながらなので、余り拾えませんでしたが、まあ皆さん嬉々として餅拾いに集中していましたねえ。

祭りが終わった後、打ち上げに30分ほど参加した後は、家に帰り、早速昼寝で疲れをとりました。私は何しろ1日立ちずくめでしたし、連れ合いさんは、先日の午前2時から炊き込みご飯やら何やらの準備で、当日は1日睡眠もとらず、地元野菜の販売コーナーでお手伝いしましたので、もうぐったり、普段は寝つきの悪い連れ合いさんも、さすがにソファに横になったと思ったら、すぐいびきが聞こえてきました。





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[ 2015/09/29 10:31 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(0)

忙中有閑…四万十川風景に思う

2015/09/02(水)

戦争法案を巡る国会の動きも、いよいよ緊迫の度合いを増しています。
国民の意思も、憲法の精神も一切考慮に無い『アベ内閣』は、近いうちに、再び強行採決の暴挙に打って出る機会を虎視眈々と狙っています。

先日30日は、東京で国会を包囲する大集会が開かれ、地方においても、多数の抗議集会が燎原之火のごとく、広がりを見せ始めています。


さて、そうした緊迫した政情に抗議するがごとく、未だに人間の紛争を暴力でしか解決できない、不出来な人類に警告を与えるかのように、今世界で、自然の猛威が人類を襲っています。

数年前にも、ここ四万十では8月に太陽を見たのが、たった2日くらい…そんな天候不順な年がありましたが、今年もまた、異常な台風の発生や、火山の噴火、それに伴う大地震の到来…こうした自然の猛威が、これまた国民の意思を無視して再開した、『川内原発』を襲わないといいのですが…さてさて人間様も、もう少し賢くなってほしいものです。

今日の話は、少し政情から離れて、そんなある日の、四万十川の風景です。



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上の写真は、四万十川の一番下流にある『佐田の沈下橋』です。
最近雨が多いので、通常より4mほど水面が上昇しています。この沈下橋が水面下になることもよくあることですが、なかなかそんな写真は撮れません。

何故か…それだけ川の水面が上昇するときは、他の道路が危険水域にあり、なかなか車を走らせることができないからです。(笑)


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この写真は、昨日の夕方、所用で市内へ出かけた時の四万十川の様子です。
山間の谷間から雲が生まれ湧き上がり、川面には霧が漂っていました。雨上がりの四万十川の風景もなかなかのものです。私の好きな四万十川の風景の一つです。

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雨に煙る四万十川を見ていると、人類発生以前の地球の大自然を想像してしまいます。
人間様の思惑など、怒りも悲しみも、一切考慮せず、自然はそのままに存在する。そんな気がします。
まあ、しかし、それは私の感傷であって、実際の社会においては、人類は、その自然を利用するばかりではなく、貴重な大自然を破壊し続けています。

やがて、人類は、その報いを受ける日が近づいてるのではないでしょうか?
地球は一つ、人類はみな兄弟、暴力と憎しみの無い、自然と共存する…そんな社会の到来を、私は待っています。戦争法案なんぞ、全く必要としない社会の到来です。





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[ 2015/09/02 08:29 ] 四万十周辺 | TB(0) | CM(0)