2009/11/02(月)
1日早朝に四万十を発ち、朝の9時ごろに大阪へ着きました。大阪は雨、寝転びながらぼんやりしていると、先日、渡辺 謙が泣きながら舞台挨拶していたのを思い出しました。
あれって…何だったのかな?
気になって調べてみたら、映画化された『沈まぬ太陽』の上映初日の舞台挨拶でした。
『沈まぬ太陽』は、山崎豊子原作のフィクション小説であるが、今から24年前のわが国航空史上最大の事故、520名もの死者を出した大惨事の背景に、乗客の命を軽視し、社員の人権を虫けらのごとく扱う国営航空会社の非人間的経営と、イデオロギーを出世の種にする第2組合の幹部たち、それに絡む政治家たちの醜い姿を、告発している小説だったと私は記憶している。
『ウィキペディア(Wikipedia)』 で調べてみると 日本航空123便墜落事故 が出てきた。
日本航空123便墜落事故は、1985年8月12日18時56分に、日本航空(現:日本航空インターナショナル)123便、東京(羽田)発大阪(伊丹)行、ボーイング747SR-46(ジャンボジェット、機体記号JA8119)が、群馬県多野郡上野村の御巣鷹の尾根[※ 1]に墜落した事故である。
概要 [編集]
運輸省航空事故調査委員会による事故調査報告書[1]によると、死亡者数は乗員乗客524名のうち520名、生存者は4名であった。死者数は日本国内で発生した航空機事故では最多であり[※ 2]、単独機の航空事故でも世界最多である[※ 3][※ 4]。
乗客の中には著名人が多数含まれていたこと、夕方のラッシュ時とお盆の帰省ラッシュが重なったことなどにより、企業の役員や外国人、家族連れの犠牲者も多かった。
社会全体に大きな衝撃を与えたため、一般的に『日航機墜落事故』『日航ジャンボ機墜落事故』という場合、この事故を指すことが多い。
事故調査は、同機がしりもち着陸事故を起こした後のボーイング社の修理が不適切だったことによる圧力隔壁の破損が原因だとする航空事故調査報告書が1987年6月19日に公表され終了している。遺族などの一部からは再調査を求める声があるが、行われていない。
この時の事故には、国民的歌手であった坂本九も死亡している。わずかに生き残ったのは、たったの4人のみ、全て女性であった。彼女たちたがロープで吊り上げられヘリコプターに収容される姿を、今でも覚えています。
この事故は、事故の内容といい、事故後の情報の錯綜といい、政府や会社の対応といい、色々と問題の多い事故でした。たとえば事故現場についても
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%A1%E5%B7%A3%E9%B7%B9%E5%B1%B1 によると
御巣鷹山(おすたかやま)は群馬県多野郡上野村にある標高1,639mの山である。
1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故の際には、多くの報道で「御巣鷹山に墜落」と伝えられていたが、実際に墜落した場所は「高天原山(たかまがはらやま)に属する尾根」であり、御巣鷹山に墜落したというのは誤り。報道により「御巣鷹」の名前があまりに浸透してしまったこともあってか、後に上野村村長によって「御巣鷹の尾根」と命名された。
事故現場一つとっても、この有様である。事故の対応や遺族への対応、そして事故調査の杜撰さについては、いまだに遺族にとって納得できるものになっていない。どうも、臭いものには蓋をする…情報隠しが行われたように私は思います。
同じくウィキの指摘は、歯切れが悪いが、この映画化への妨害的な(非協力という形で)動きを取り上げている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B2%88%E3%81%BE%E3%81%AC%E5%A4%AA%E9%99%BD
2009年10月24日公開。若松節朗監督、渡辺謙主演。3時間22分と長時間の作品であり、上映途中に10分間の休憩が入る[1]。
小説の内容から映像化は困難といわれていた。2000年に徳間康快・大映社長が、東映との共同制作で映画化を発表したものの、徳間社長が死去したため実現しなかった[1]。2006年5月には、角川ヘラルド映画(現・角川映画)によって2008年夏公開を目指し製作されることが発表されるなど、何度か映画化の話が持ち上がったが、実現していなかった。また、同じ著者による『白い巨塔』を二度にわたって映像化したフジテレビが2009年の開設50周年にあわせてテレビドラマ化するという企画があったが、立ち消えになっている。しかし、2008年12月、角川映画は、2009年秋公開として正式に映画化を発表した。角川ヘラルドに吸収合併された旧・大映の社員が奔走し、映画化にこぎつけたという。2009年2月にイランロケでクランクイン[1]。アフリカなどでの撮影も行われ、日本の空港シーンはタイの空港を利用して撮影した。飛行機のシーンは、日本航空の協力が得られなかったため、CGによって再現した[1]。
映画化について、日本航空は「ご遺族の中には映画化を快く思っていない方もいらっしゃる。すべてのご遺族の心情をきちんと汲んで欲しい」と映画化反対のコメントを出している[2]。また、日本航空から角川に対し「名誉毀損の恐れがある」と警告文を2度送っているという[2]。 角川は「映画は全くのフィクション」であるとしている[2]。また、本編の最後には、フィクションである旨の但し書きが表示される。
>映画化について、日本航空は「ご遺族の中には映画化を快く思っていない方もいらっしゃる。すべてのご遺族の心情をきちんと汲んで欲しい」と映画化反対のコメントを出している[2]。
日本航空の、この白々しいコメントには、怒りがこみ上げます。安全対策は不安、社員の人権は無視、経営は放漫にして既に破綻…またぞろ、国民の税金の投入を催促しているJAL。こんな経営陣の無責任さが、24年前の、この事故がいまだに忘れられずに、今頃映画化が完成するという異常さに繋がっていると私は思います。
この事件が、どんな形で起きたのか具体的で生々しい証言があります。 生存者の一人・落合由美さんの証言 をごらんいただくのが良かろうかと思います。
最後に、『沈まぬ太陽』の公式ホームページから 渡辺 謙の舞台挨拶を紹介します。
http://shizumanu-taiyo.jp/report/091024.html
初日舞台あいさつ
2009/10/18
【登壇者】渡辺 謙、三浦友和、松雪泰子、鈴木京香、石坂浩二、若松節朗監督、ヴァイオリン奏者・ダイアナ湯川(敬称略)
●ご挨拶
渡辺 謙:
本当に沢山の方にお集まりいただきまして、ありがとうございます。
私事で申し訳ないのですが、この映画を観る機会がございませんでした。ちょうど新作映画の撮影の為に帰国が遅れて、いつ観ようかと思っていたのですが、こうなったらお客様と一緒に観るしかないと思い、同じ空気の中で皆さんと観させていただきました。
いかがでしたでしょうか?(会場から大きな拍手をいただき、涙ぐむ渡辺 謙さん)
自分の映画に感動して泣いている訳ではないんです。ここまで来るのに、どれだけ皆が大変な思いをして映画を作ってきたかというのを、ちょっとだけご理解いただきたいと思ってます。(会場拍手)
角川さんありがとうございました。監督、ありがとうございました。
僕たちがこの映画をやる前に、この映画をやりたいというプロデューサーの方達も沢山いらっしゃいました。そういう人たちの熱い気持ちを忘れる事の無いように、僕たちも一生懸命やらせていただきました。もちろん、事故で亡くなられた520名の方々の気持ち、そのご遺族の気持ちを絶対に無駄にしてはいけないという、そんな気持ちで頑張ってきました…(再び涙ぐむ渡辺 謙さん)
そうやって映画が作られた事を、本当に誇りに思っています。
今日は本当にありがとうございました。(会場から大きな拍手)
●渡辺 謙さんの紹介により、ダイアナ湯川さんが登壇
渡辺 謙:
厳しい社会情勢の中、経済情勢の中、仕事を失ったり、会社か裏切られたり、そんな方々が沢山いらっしゃると伺っています。明日へどうやって希望をつないでいこうか、そんな事を思い悩んでる方も沢山いらっしゃると思います。僕はこの『沈まぬ太陽』という作品をどんな風に受け止めようかなと思っているのですが、きっと燦々と輝く太陽ではないけども、でも今だに力強く暖かく大きく今地平線に沈もうとしている太陽が目の前にあって、油断をし5分くらい目を離すとあっという間に地平線の中に消えてしまう、だから今、しっかりその希望の光を目に焼き付けて、ちょっと今は闇の中にいるけれども明日の朝日を待とう、今の時代だからこそ、そんな風に僕はそう理解したのかもしれません。そんな最後の太陽が皆さんの希望の灯火になって、届いてくれたら嬉しいなと思っております。
そしてもう一つ、この映画に希望の灯火を灯してくれた音楽家が一人います。この映画は10分間の休憩が入りますが、10分間の間、そっと優しいヴァイオリンが流れています。そのヴァイオリンを引いている音楽家の方は、今ロンドンで活動しています。その方は、1985年の9月生まれです。実は御巣鷹山の事故でお父様を亡くされたご遺族の方で、事故より一ヶ月遅れで生まれてきたため、彼女はお父さんの顔を知りません。彼女は音楽家になっても、ずっとお父様への思いを音楽に込めて今まで演奏してこられました。角川歴彦宛に、ぜひこの映画に参加させてほしいと手紙をいただきました。音楽家として、この映画が私の心の全てだから、そういう思いを込めて参加したいというお手紙をくれました。
10分間の休憩、映画は途切れますが、彼女の「祈り[永遠の記憶]」とう曲で、映画はずっと一本につながる事ができました。
その彼女が、今この場所に来てくれています。
久しぶりに見ごたえのある日本映画が登場したと思います。ぜひ見に行きたいと思っています。
2009.11.02(Mon)09:43 |
社会問題
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